決して消えることのないグラフィティ 「バンクシー」という名の革命意志

On 2011/09/28 by Urbaning

【この記事は6年以上前のものです。情報が古い場合があります。】

www.studiovoice.jp/?p=16904(現存せず)
元記事が無くなっているので、前半を転載します。

(追記)本インタビューは「BANKSY’S BRISTOL:HOME SWEET HOME」に収録されたとのことです。
www.amazon.co.jp/gp/product/4861823536/ref=as_li_ss_il?ie=UTF8&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4861823536&linkCode=as2&tag=u0dc-22

2004年8月号 Vol.344 連載
「BAD INTERVIEW」より

7月に日本公開されたバンクシー(BANKSY)の監督作品『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』が、延長&拡大上映されている。いまもなお“正体不明のグラフィティアーティスト”と呼ばれることの多いバンクシー。ウィキペディアなどによると、メディアとして対面インタビューできたのは英「ガーディアン」紙だけだと言われているが、2004年、スタジオ・ボイスはロンドンでバンクシー本人と直接の会話を持つ機会に恵まれたのであった。(インタビューの最後に、彼は映画撮影のことに触れているが、その作品が『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』だったのかもしれない。)
階級社会、政治、ストリート、資本主義・・・、彼が描く美しいステンシルワークに浮かび上がるのは、常に世の中の矛盾だ。インタビューから7年。当時よりさらに影響力を高め、いまもなお活動し続けていることに気づくとき、改めて彼の「意志」の強靭さを感じさせられる。
決して消えることのないグラフィティ。それがバンクシーという存在なのかもしれない。

☆ ☆ ☆

バンクシー インタビュー
「不特定多数に向けて表現できる唯一の手段がグラフ。これこそ、民主主義だよ」

インタビュー・文/鈴木透子

「・・・警察官は言われたことしか出来ないことが問題なんだ。“悪く思わないでくれよ、俺は自分の仕事をしているだけなんだ”って、いつだってクソみたいに繰り返す。“もし、俺にその権利があればお前を見逃してやるよ、けどこれは上からの指示なんだ”。警察官のようにこの言葉を頻繁に使えば、自分の中の何かが少しずつ死んで行く。そして何も残らなくなる」「実際、この世の犯罪の多くは、非服従ではなく、服従という名のもとに起こっている。どんな権威も盲目に従う奴こそ、真の危険人物だ」「中には、世の中をよくしたいと思って警察官になったやつがいると信じているよ。でも、時々俺は思う。俺は、表裏逆の警察官なんだってこと。世の中のみてくれをよくしたいと思って、俺は公共物破損の蛮行者になったんだ」(Banging Your Head Against A Brick Wallより)

金融街の壁には英国政府公認マークを真似た「グラフィティ認可地区」マーク、有名政治家の自宅付近の壁にはガスマスクを付けたエリザベス女王の絵、観光名所ビッグベンが美しいテムズ川沿いの欄干には「ここは記念写真場ではありません」の文字。

こんなグラフィティアートが、路上や壁、鉄橋など、ロンドンの街のあちこちに出没し始めたのは3年前のことだ。ステンシルを使った洗練されたアートワークとイギリス人らしい乾いたブラックユーモア、社会批判的なメッセージ。ロンドンのグラフィティアートに笑いと哲学、そして社会革命の理念を導入したのがBANKSYだ。

ロンドン・イーストエンドの倉庫で開催した初の個展では、オープニングパーティにセレブリティー・シェフのジェイミー・オリバーやDJペペがかけつけて大盛況になったのもつかの間、警察官が出動して、たった二日間で「店じまい」になったことも記憶に新しい。昨年秋には、テートモダン美術館で開催した「ターナー&ベニス」展に覆面で潜入。警備の目を盗んで、イギリスが誇る19世紀画家ターナーの風景画に、ロンドン警視庁の「立ち入り禁止テープ」を(もちろん真似たものをあらかじめ製作)貼付けるというゲリラ・アートで話題を呼ぶなど、もはやその活動範囲は、グラフィティアートというカテゴリーに収まらなくなってきている。

雑誌や新聞を賑わせているにもかかわらず、今だその素性は明らかになっていない。グラフィティアートという違法行為の性質上、メディアへの露出度がゼロに等しいからだ。インタビューはもっぱら電話かメールが中心で、今まで受けた対面インタビューは、ガーディアン紙のみだけだという。そのBANKSYに接触、幸運にも直接話ができる機会が持てた。場所は、ロンドン東部オールドストリートの倉庫を改築したバーの一角。社会を挑発し続けるストリート・アーティストの素顔は、ハードコアな外見とは裏腹に、丁寧に言葉を選び、きれいなクィーンズイングリッシュで、とつとつと世界平和を語る好青年だった。

——ところで今、出獄したばかりですか? 数日前のタイムス紙で、ケンブリッジにある第一次世界大戦の記念碑があなたのグラフィティアートによって汚されたと。しかも、写真のキャプションには、「警視庁は、事件に関係のある男性を逮捕した」って。今日は会えないかと思っていました。
「これは、はっきり書いてもらいたいんだけど、あれは俺の作品じゃない。死者にグラフするなんて間違っている。笑えないよ。俺は、戦争で亡くなった人たちに、リスペクトを払っている。誰かが作品をコピーしたんだ。俺の仕業だって勘違いする人が多かったから、ホームページに声明文をアップしたところだ。コピーするバカな奴が多くて困る。Tシャツとか、ステッカーとか。俺の作品はコピーしやすいからな」

——そういった商業的なビジネスを一切排除したところで活動することが、あなたのスタイルですよね。ナイキのビッグ・オフォーを蹴った話が有名ですが。
「簡単なロゴ作成で、数千万ポンドくれるって言うんだぜ? 狂った世界だと思って、即座に断ったよ。ナイキはあきらめずに、今でも毎キャンペーンごとにEメールを送ってくるけど、俺は今いる位置から自分の好きなことをやっていきたいと思っているだけだ。それはこれからも変わらない。」

——ステンシルを使った独自のスタイルは、どうやって生まれたのですか。
「グラフィティを始めたのは、ブリストルに住んでいた7−8年前から。当初は、タグで、自分の名前を書いていたんだ。けど、あまり上手じゃなかったんだよね。それで、ステンシルワークを始めた。新しいスタイルだと思ったし。これなら、警察官の目を盗んで、夜中にすばやく「大量生産」できるだろ? もともと、手を使って何か作ることが好きだったから、むいていたと思う。のめりこんだよ。人生に飽き飽きしていたしね。当時は、何もかもが嫌だった。小学生の時に、学校を退学になったんだ。理由は、友人が生死をさまよう大怪我をした時に、その濡れ衣を着せられたこと。幼年時代に、人生がいかに理不尽か思い知らされた、いいレッスンになったね。誰かの悪意で自分の人生がこんなにも簡単に地に落ちてしまうっていうことを思い知らされたんだ。退学になってからは、仕事を転々とした。ポスターを貼る仕事をしていたけど、本当にキツかったな。警察の目を盗んで夜中にグラフを何個も書く、今の生活より何倍もキツかった。体力的にも、精神的にも。仕事は不満だったけど、ほかに何をしたいのかって言われたら、わからなかった。でも自己顕示欲だけは人一倍あったんだろうな。それで、生きている証に、自分の名前をストリートに刻みたかったんだと思う。それがグラフを始めたきっかけ。ステンシルを使って名前を書き始めたけど、それだけじゃ物足りなくなって、次第に絵やメッセージを描くスタイルに移行していったんだ」

——名前を描かなくなったのはなぜですか?
「名前を描かなくても、ステンシルのグラフはBANKSYのものって、皆に知られるようになったから。でも、何を描くにせよ、街の公共物に描くことは『自分はここに存在している』というメッセージがある点で同じ。多かれ少なかれ政治的だ。公共建築物の現実は、その言葉通りじゃなく、一部限られた階級のもの。だから、公共物にマーキングすれば、その一部は自分のものになる」

——グラフにそこまで情熱をかけられるのはなぜ?
「一言で言えば、楽しいから。街の片隅に何を描いたら、人の注意を引くことができるかいつも考えている。いつも街をキャンバスとして見ている。これは一種の呪いみたいなもの。いつもそのこが頭から離れない。ストリートに描けば、不特定多数の人が見てくれる。それが醍醐味」

——逮捕歴は?
「ありがたいことに一度もない。最悪だったのは、2ヶ月前ベルリンで覆面ポリスに捕まったこと。額に銃を突きつけられたんだけど、そいつかが俺より若くて、おまけに今日初めて銃を持ったっていうような新人警官だった。銃を持つ手が震えていたから、間違って発砲するんじゃないかって、恐怖だったな。あんなに恐かったことは今までない」


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