カルチャー・ジャミング

On 2009/03/13 by Urbaning

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かつてデリー部(シチュアシオニストの漂流を洒落たもの)のディレクトリにあったカルチャージャミングの解説。
運動部というアクティヴィストたちのウェブサイト上の記事。

カルチャー・ジャミング
文・マーク・デリー部員(原文はこちら

いっぽう、問題は残っている。「どうやって幻影と戦うべきなのか?」 いいかえるなら、表徴の帝国でメディアと戦うにはどのような政治手段が考えられるだろうか、という問題だ。

 その答えは、ウンベルト・エーコのいう「記号的ゲリラ戦争」の中に見つかるかもしれない。エーコは書いている。

「メディアのメッセージを受け取る人々には、まだ自由が残されているように思われる。それは、別の方法でメッセージを読みとっていくという自由だ―――視聴者がメッセージと多様な解釈の可能性をコントロールするように説く行動を私は提唱したい」
「メディアを利用して、他のメディアにおける選択肢を伝えることは可能である―――コミュニケーション・ゲリラの集団は、テクノロジカル・コミュニケーションの世界の番人である。彼らはメッセージが盲目的に受容される状況に対し、批評の次元をとりもどすだろう」

 エーコは演繹的に、ビジュアル・リテラシーというラディカルな政治手段を想定している。ビジュアル・リテラシーとは、消費者文化評論家のスチュワート・ユーウェンによって強く主張されている概念だ。ユーウェンはいう。
「われわれは、イメージが伝達の形式を支配している時代を生きている。それは、意味の構造化において他の形式をしのいでいるのだ」
 熱と光と、電子のポルターガイストの社会―――無限の広さを持ち、光がきらめき、滑らかでつやのある製品があふれるような不気味な別世界―――においては、意味を再構築しようという試みは、およそ無謀なものである。企業のマーケティング部やPR会社の考え方を正そうとすることさえ同様だ。だからビジュアル・リテラシーというゴーストバスターズが必要なのだ。

「カルチャー・ジャミング」について説明しよう。「ジャミング」とは、CB無線で使われるスラングで、おならの口まねや、卑わいな言葉、そのほか同じような子供じみたやり方で、ラジオや仲間同士の無線の会話を妨害することである。これに対してカルチャー・ジャミングは、かつてないほど便利になった一方、押しつけがましくもなったテクノ・カルチャー―――記号を操作して、社会的合意をでっち上げている―――をその標的とする。

 「カルチャー・ジャミング」という言葉は、コラージュバンドのネガティヴランドによって初めて使われた。彼らは、屋外広告の改竄などメディアを妨害するさまざまな行為に対してこの言葉を使ったのだ。アルバム『JAMCON `84』で、メンバーの一人がシリアスめいて述べている。
「われわれの生活が、いかにメディア環境に影響を受け、支配されているかということについて、皆気づきはじめた。そしてそれに抵抗する者も出てきた—屋外広告をみごとに改竄すること—それは、見る者に、広告を製作する企業の戦略について考えさせることになる。カルチャー・ジャマーにとって、スタジオは世界全体なのだ」

 カルチャー・ジャマーは芸術的なテロリストであり、生まれつきの批評家でもある。彼らはエーコのいうコミュニケーション・ゲリラのように、送信機から受信機へ至る途中の信号にノイズを挿入し、受け手に予期しない解釈を促すのだ。彼らは侵入物に侵入し、広告やニュース番組、その他のメディアに破壊的な意味を付与する。同時にメディアを解読し、そのうわっつらの魅力をはぎ取ってしまう。ジャマーは、決まり文句と偽りに満ちたメディアとの戦争では著作権など存在しないということについて、反論できない証拠を提示する。ユーウェンのいう文化的暗号使用者のように、彼らは受け身の買い物客であることを拒否し、社会的なディスクールの認識を塗り替えていくのだ。

 最後に、重要なことだが、カルチャー・ジャマーはグーチョ・マルキストである。彼らは“fun”の感覚を忘れずに、楽しみながら暴力的なイデオロギーを破壊していくのだ。生粋のイタズラ者である元デッド・ケネディーズのボーカリスト、ジェロ・ビアフラはかつてこのように述べている。

「単なる犯罪とクリエイティヴな犯罪とは全く異なるものだ。単なる犯罪というのはセブンイレブンで強盗するようなこと。クリエイティヴな犯罪というのは一つの表現形式だ。それは―――魂を高揚させる。この蟻塚のような社会で生き残るにはどうしたらいいだろう? 社会を誘惑するマスメディアを罵ることよりももっといい方法とはなんだろうか? 一日一回悪戯をしかけて、犬を首輪から解き放とう!」

ジャミングは歴史的に連綿と続いてきた行動の一部だ。ロシアのサミズダート(政府の検閲に抵抗した地下出版)、ジョン・ハートフィールドの反ファシズムのフォトモンタージュ、シチュアシオニストのデトーナメント(グリ-ル・マーカスが著書『Lipstick Traces』で定義したもので、芸術品をそれ自身のコンテクストから盗みとり、自分の考えたコンテクストの中に流用してしまう)、ポール・クラスナーやジェリー・ルービン、アビー・ホフマンといった60年代の運動家たちのアンダーグラウンド・ジャーナリズム、ペンタゴンを空中浮遊させようというイッピーたちの街頭演劇、ダラスのサブジニアス教会のようなパロディ宗教、「意味のない情報を必要とする変人のための雑誌」と銘打たれたプロセスド・ワールド誌が報告する種のサボタージュ、アース・ファースト!がおこなう環境破壊に対する妨害行為、ラジカルな理論家、ハキム・ベイが「詩的テロリズム」(コンピューターが業務を進める銀行のロビーで一晩中奇怪な身ぶりで踊ること、国立公園の中に奇妙なエイリアンの遺物のようなアートをまき散らすこと)と呼ぶような、(アントナン)アルトー主義者たちの無意味な行為の数々、ウイリアム・バロウズが『Electronic Revolution』(「連想の道筋を放棄することでマスメディアのコントロールから脱することができる。カット・アップ・テクニックは、幻想によってマスメディアを無力にしてしまうだろう」)のなかで提示している「カット・アップ・コラージュ」の反逆的な使用、サブカルチャーのプリコラージュ(社会的アウトサイダーたちによる、優位文化と結びついた記号の組み替え。浮浪者、ゲイ、ほとんどが非白人のドラァグ・クイーンたちによる、きらびやかな衣装とヴォーグのモデルのポーズの盗用)。

 柔軟なカテゴリーであるカルチャージャミングは、多くのサブカルチャー的行動を受け入れる。組織や企業の悪行を暴露する目的でおこなわれる違法なハッキングはその一例だ。また「スラッシング(slashing)」あるいはテキストの改竄行為も含まれる。(「スラッシング」という言葉は「K/S」というポルノ小説に由来している。KIRK/SPOCKの略であるK/Sは、女性のスタートレックファンによって書かれ、アンダーグラウンドのファンジンとして発行されている。スタートレックのストーリーのなかに同性愛的な意味を発見したことから始まったもので、フェミニストたちにも人気がある。私は大衆向けの物語をつくりかえてしまうジャミングの全ての形式に、この「スラッシング」という用語を活用しているので、一般的なことばとして使っている)。

 海賊テレビやラジオといったトランスミッション・ジャミング、あるいはビデオカメラによる反=監視行為(DIY精神あふれる暴露屋たちは、警官の蛮行や政府の腐敗を記録するために、コストのかからない技術を利用する)などは、カルチャー・ジャマーにとって可能性に満ちた方法といえる。さらに、まるでいけにえを捧げる儀式のように、マンハッタンのCBSのオフィスの前にテレビを山積みにするといったメディア・アクティヴィズム―――湾岸戦争時にFAIR(Fairness and Accurancy In Reporting)によって行われたメディアの偏向に対する抗議行動の一部—や、エイズ報道が少ないことに抗議しておこなった『マクニール/レイラー・ニュースアワー』へのアクト・アップの破壊行動のようなメディア・レンチングなども同様だ。いくぶん伝統的な種のカルチャージャミングは、ペイパータイガーTVのようなメディア監視プロジェクトだ。ペイパータイガーTVは、インディペンデントなプロデュース集団で、情報産業を批評するテレビ番組を製作している。ディープディッシュTVは、草の根の衛星放送ネットワークで、全米のケーブルテレビのパブリックアクセスに自由思想的な番組を供給している。若いアフリカ系アメリカ人のビデオアクティヴィスト集団であるノット・チャンネル・ゼロは「革命—放映中」というモットーを掲げている。そしてアカデミズムへのハッキングが、カルチュラル・スタディーズだ。これは反乱する知識人たちによって、大学の塀の外側から持ち込まれたものだ。

このようにカルチャー・ジャミングにはさまざまな姿がある。そこで大まかにいくつかその典型的な表現の例を見ていこう。

スナイピングとサブバタイジング(Snipping and Subvertising)

サブバタイジング(※体制の転覆という意味で、アドバタイジングに掛けてもいる)は消費者の注意を引こうとするマジソン・アベニューの企てをそらしてしまう反広告の製作と流通であり、さまざまなジャミングに共通する形式である。それはしばしばスナイピングのかたちを取ることもある。秘密工作員が深夜、ポスターやブラシ、ペンキの入ったバケツなどを持って、公共スペースに非合法な襲撃活動をおこなうのだ。

アドバスターズ(Adbusters)

アドバスターズはブリティッシュ コロンビア州バンクーバーで発行されている大衆文化批評の季刊誌で、毒気のある風刺が紙面をにぎわせている。ここに載った「アブサルト・ナンセンス(ABSOLUTE NONSENSE)」は本物と見まがうほどそっくりのボトルを使って巧みにつくられたパロディ広告だ。そこには次のような文章が並んでいる。

「われわれの広告キャンペーンが飲酒主義、飲酒運転や妻子虐待を助長しているなどといった考えは全くのナンセンスだ。だって誰も広告なんかには注意を払わないのだから」

 自分自身、転向してジャマーになったユーウェンは、『未来のビルボード』(彼が匿名でほうぼうに郵送したコピー刷りのビラ)の中で度を越した消費活動を激しく非難している。「Chutzpah:女と男のためのコロン―――一度かければあなたは富の公平な分配を要求するでしょう」。「アート界の良心」を自称するフェミニスト・アーティストの秘密結社、ゲリラガールズは、 その残酷的なまでのおかしさで知られている。 彼女らのポスターの一つは、ゴリラのマスクをかぶった裸の女奴隷を描いたもので、こう問いかけている。「女はメトロポリタン美術館に入るのに裸にならなければならないの?」。ロサンゼルスのロビー・コーナルは、情報時代におけるドリアン・グレイの肖像で街の壁を覆う活動をおこなっている。彼が描くのはグロテスクにデフォルメされたオリバー・ノースやエド・ミーズ、その他スキャンダルにまみれた政治家たちの肖像だ。「私は反広告に興味を持っている」と彼はいう。「広告の浸透力を逆流させるために、広告に出てくるような今風のキャッチフレーズを利用するんだ」。

 ゲイのアクティビストたちにとってサブバタイジングとスナイピングは強力な武器となっている。1991年の3月、ビレッジボイス誌はマンハッタンのビルに貼られた「アウトポスト(前哨地)」という架空の組織名がクレジットされた「アブサルトリィ・クィーア」のポスター群の追放戦争をその最前線からリポートした。それらのポスターの一つは、『羊たちの沈黙』におけるホモ嫌悪症をめぐる議論に刺激されたもので、ジョディー・フォスターの写真にこんなキャプションがついている。「オスカー受賞者。イェール大卒。元ディズニー少女。レズビアン」。クィーア・ネイションは、「広告に真実を」というポスター・キャンペーンを始めた。ポスターは、貧しい人々の金を手放させるために製作されたニューヨークの宝くじ広告をもじったものだ。オリジナルのキャッチコピーは「必要なのはお金と夢」。それが「必要なのは3ドルと夢」となっている。元はアクト・アップの一部だったグラフィック集団、グラン・フューリーはさらに辛辣なメッセージを送る。1989年にサンフランシスコとニューヨークのバスに彼らが描いたのは、巧みなベネトンのパロディだ。「キスが殺すのではない:欲望と 無関心が殺すのだ」というキャッチコピーが、一列に並んだキスするカップルの上にのっている。そのカップルたちはすべての人種がミックスされているが、うち二組はゲイなのだ。「ぼくらはコカコーラ社と同じくらい、人々の注目を集めるために努力するつもりだ」とグループのメンバーの一人、ローリン・マカルピンは語っている。「本当に腹が立っていて、一台のコピー機を持っていて、同じことを感じている5、6人の仲間がいる人であれば、それだけで自分にどれだけ大きなことができるか知って驚くはずさ」。

メディア・ホーシング(Media Hoaxing)

メディア・ホーシングは、徹底したリサーチと、念入りに施された嘘によってジャーナリストたちをかつぐファイン・アートで、カルチャー・ジャミングの純粋な形といえる。ジョーイ・スキャッグスのようなコンセプチュアルな反芸術家たちは、建て前と本音、もしくは啓蒙する義務と楽しませる責任との区別を忘れてしまった報道の危険性を表現している。

 スキャッグスは1966年からジャーナリストたちをペテンにかけて、メディア社会におけるニュースのウイルス的性質ともいえる自己複製の現象を指摘してきた。彼は自分の手口を打ち明けている。
「誰かから州外の新聞をもらってくる。次に適当な話を考えて記事を作る。そしてそれをコピーしてジャーナリストに送りつける。ジャーナリストはそれを見てこう思う。これなら調べて裏をとる必要はないな、ってね。こんなふうにして雪は雪だるまになり、そしてとうとう雪崩になるのさ。おっかない話だ。肝心なのは、メディアがいうことすべてを信じるのは非常に難しいことになってるってことなんだよ」

 1976年にスキャッグスは「お犬様用キャットハウス」をつくった。これは犬の愛人たちの「そそるようなラインナップ」を提供する売春宿で、純血種(フレンチ・プードルのフィフィー)から雑種(レディ・ザ・トランプ)まで取りそろえたものだった。全米動物愛護協会は激怒し、ソーホー・ニュース誌はいきり立った。ABCテレビはそのために一番組を当て、後にエミー賞の最優秀報道番組賞にノミネートされた。しばらくしてスキャッグスは、「ウォーク・ライト!」という集団のリーダーとなって現れた。彼らはコンバット・ブーツを履いたガーディアン・エンジェルスのような外見と、エミリー・ポスト紙(※キリスト教系の清く正しくをモットーとする新聞)の思想を混ぜ合わせたような集団で、道路の端を歩くマナーを徹底させようという集団だった。さらなる後にはジョー・ボーンズと名乗り、「ファット・スクワッド(デブ部隊)」の司令官として現れた。部下のタフで若い隊員たちが、報酬を受け取って太りすぎの依頼者をいんちきダイエット商売から守るといった具合だ。さらにジョセフ・グレゴール博士として、突然変異のゴキブリから抽出したホルモンが、 関節炎やニキビ、放射能汚染による病気に効果があるということをUPI通信とニューヨークのWNBCテレビに納得させたこともある。

 彼の蒔いた餌にまんまと食いついたメディアが大騒ぎを止めると、彼はペテンを明らかにする記者会見を開く。彼は主張している。
「ホークス(ぺてん)とは、単なる釣り針なんだ。重要なのは第二の段階だ。つまり種明かしだね。ジョーイ・スキャッグスという一個人が記者会見を開くことなんてできやしない。どんなにメディアが政府のプロパガンダにのせられてしまっているか、われわれが中東の戦争にいかなくちゃいけないと信じるように操作されてるか、なんてことを説明する会見はね。だけどジャマーとして、ペテンを明らかにする過程でこれらの問題を論じることはできるんだ」

オーディオ・アジプロ(Audio Agitprop)

デジタル・サンプラーを使ってメディア文化を解体し、著作権に挑戦するオーディオ・アジプロは、いくぶんは無害な表現といえる。サッキング・チェスト・ウーンドの『God Family Country』は大衆の思考とメディアの偏向についてのアルバムだ。ディスポーザブル・ヒーローズ・オブ・ヒップホプリイシィは、『Television: the Drug of the Nation (テレビ:国家的ドラッグ)』においてMTVや『エンターテイメント・トゥナイト』の価値観を受け入れている「ハッピー・トーク」式のニュース番組を標的にしている。プロデューサー・フォー・ボブの粋なダンスミュージックは、メディア環境に意表を突くBGMをもたらしてくれる。彼らの曲は汚染されたメディア環境下における、一種のマクルーハン的サバイバル戦略であるといえるだろう。クリス・バークの『Oil War』は、記者会見や大統領のスピーチ、夜のニュースなどをカット・アップでつなぎ合わせた作品で、ノーム・チョムスキーの愛読者のための海賊C-Span(※議会中継など政治専門のケーブルTV局)のようである。サッキング・チェスト・ウーンドのウェイン・モリスは、いつもこう語っている。「俺は本当に怒ってるんだ。客観的ジャーナリズムとして通用している偏向記事にだ。俺たちは事実を改竄するメディアに復讐してるんだよ。ニュースの断片を寄せ集め、それらをさらに厚かましく改竄していくことによってね」

ビルボード盗賊 Billboad Banditry

最後にビルボード盗賊を挙げよう。これはネガティヴランドの発案にインスパイアを受けた現象だ。オーストラリアのBUGA UPは、ゲリラ的な「デモーション(反プロモーション)」という、タバコや酒の広告への落書きをおこなっている。グループの名は「Billboad-Utilizing Graffitists Against Unhealthy Promotions」の頭文字を取ったものであり、またオーストラリア人のスラングである「Bugger Up(くたばれ)」の語呂合わせでもある。

 アフリカ系アメリカ人のアクティビストたちの間では、有色人種のコミュニティーをターゲットにしているタバコや酒の広告に対して抗議することが流行のようになっている。カルバン・バッツ師とハーレムの住人たちは、ペンキとローラーでヘネシーの屋外広告に攻撃を仕掛けた。『Z』誌のマイケル・カンバーがこれを報告している。「道路に向かって微笑んでいた女性は、一分足らずの間に真っ白で大きなシミになってしまった」。シカゴのマイケル・フレガー師もその同志である。彼と彼の「クリーン作戦」は1990年だけでおよそ1000のタバコと酒のビルボードを台無しにした―――ある者は「つくりなおした」という方を好むが―――のだった。フレガーはいう。「これは非合法ドラッグの問題から始まったんだよ。だけど、最悪のドラッグはクラックでもヘロインでもない。タバコなのさ。そしてタバコと酒を止めさせるには、広告の問題を追求しなきゃならなかったんだ」。

 サンフランシスコのビルボード解放戦線(BLF)は、サンタクルーズの「深夜のビルボード編集者たち」の組織であるトゥルース・イン・アドバタイジング(TIA)とともに活動している。彼らはの改造したビルボードは、渋滞でうとうとしているドライバーたちをはっとさせている。たとえばヴァルディーズの災害(※89年に起きたエクソン社のタンカー、ヴァルディーズ号の原油流出事故)の後、BLFは「Hit Happens: New X-100(衝撃が起こる:ニュー・X100)」は「Shit Happens: New Exxon(クソったれな事態が起こる)」とラジオCMを改作した。いっぽうTIAは「Tropical Blend. The savage Tan(トロピカルなブレンド サベージ・タン[=清涼飲料])」を「Typical Blend. Sex in Ads(ありきたりなブレンド、広告にセックス)」に変えるといった具合だ。

 中性子爆弾を製造する計画が検討中とのニュースに刺激されて、シアトルのSSSという3人組はケントのビルボードをつくり変えた。「Hollywood Bowled Over By Kent III Taste! (ケントIII の旨さがハリウッド・ボウルを席巻!)」は「Hollywood Bowled Over By Neutron Bomb!(中性子爆弾がハリウッド・ボウルを覆う!)」へと変わり、タバコのパッケージにはレーガンの肖像があしらわれていた。

 アートファクスはネオ・シチュアシオニスト的なハプニングを行っていたニュージャージーのアジプロ集団、シケイダ・コープス・オブ・アーティスツが分裂してできた新しいグループだ。あるときアートファクスのメンバーは画家のロン・イングリッシュを講師として招いた。イングリッシュはビルボード盗賊におけるファイン・アートをグループに教示し、彼のコンセプトで描かれ、貼られたポスターがマンハッタンを襲った。これによってアートファクスは一日でニューヨークのアーティストの仲間入りをすることになった。また、彼らのおこなったある秘密作戦では、企業の動物虐待と環境破壊とはひとしいものであることを説明するために、大衆的なシンボルが使われた。頭がドクロの哀れな外見の牛とマクドナルドのスチロール容器が天秤に掛けられ釣り合っているというもので「Food,foam and Fun!」というキャッチフレーズで皮肉っている。似たような調子で彼らは「スムース・ジョー」ことタバコのキャメルをからかっている。ラクダの鼻は萎えたペニスに、たるんだ唇はぶらぶらした睾丸に変えられた。こんなコピーのビルボードもある。「コーラを飲もう—おならが出るぞ(Drink Coca-Cola—It Makes You Fart)」。また別のポスターは、伝説に反してしわだらけでやつれ気味のアンクル・サムがこんなことをいっている。「検閲は素晴らしい。なぜなら、×××××!」

 「企業や政府はどんなものだって売りつけることができる。それだけの金と手段を持っているんだから。良くも悪くもね」とアートファックスのメンバー、オーランド・キューバスは『ジャージー・ジャーナル』の中で書いている。
 「僕らは……すべての人々に警鐘を鳴らしているんだ」


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