■ URBAN CAMOUFLAGE

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アーバンカモという迷彩がある。いわゆる迷彩をグレー系にしたものだが、実戦ではあまり使われないと聞いたことがある。植生などと違って街のテクスチャを均一化することが難しいからだろうか。そんな都市空間のテクスチャに紛れて、自分の身を誰からも見えなくする術はないだろうかと、常々考えていた。都市の儀礼的無関心の中では、すでに自分は風景の一部となっているからかもしれない。

上の写真はIKEAのバッグを大量に纏ったURBAN CAMOUFLAGEプロジェクトの1シーンである。
郊外の病理みたいなものが叫ばれ始めて久しいが、車社会となった郊外の生活を見ていて気づくのは、徒歩10分程度でも車を使うように、家→車→ショッピングセンターのような、外部なき都市である。その時、このURBAN CAMOUFLAGEはれっきとした都市のカモフラージュと言えるはずだ。ショッピングセンターに集積する大量のモノの中に埋もれるために、自らそのモノを纏うのだ。

現実的にはこのスーツを着ても、ものすごく目立つし、万引き犯に間違われることは確実。もしくは逆に万引き犯の監視に使われる日が来たとしたらアーティストのコンセプトは反転してしまう。
http://www.urbancamouflage.de/

都市の中のカモフラージュとしては、すでに月岡彩のカクレンボプロジェクトがある。
http://www.tucky7.com/

ギリースーツ - Google 検索

■ Green Island

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ヒートアイランド現象で東京がジャングルになる。なんてことがまことしやかに語られていたが、コンクリートジャングルのような言葉があるように、都市は過酷な自然に例えられることが多い。

Green Islandは「街が緑の芝生だったら?」と画像シミュレートするアートプロジェクトだ。地面が芝になることで、ビルたちは地となり、地面が図として浮かび上がってくる。
このハイパーリアルなPhotoshopレタッチ技術を使った表現は、非常にピースフルだ。おそらくGreen Islandはヒートアイランドから発想した言葉なのかもしれない。しかし非日常的な風景にも関わらず、SFのような廃墟感ではなく、心が和んでしまう。

日常風景をすこしだけ変形させ、都市への想像力をアップさせる、ゼネコンにはできないアーティストの都市計画と言えるかもしれない。

Green Island
http://www.006600.jp/

VIA IDEA*IDEA
http://www.ideaxidea.com/archives/2009/02/green_island.html

■ クリーニング屋という街の境界


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知らない駅に降り立って歩いていると、街が寂れてくる瞬間がある。そんなとき振り返ってクリーニング店があるか探してみよう。

商業系のコンサルから聞いた話で、クリーニング屋というのが街の境界になっているのだとか。何の境界かと言うと商業地域と住宅地の境界なのだそうだ。見知らぬ場所ですばやく土地を読む簡単なテクニックなのだろう。

上の地図は吉祥寺駅周辺でクリーニング店を検索したもの。
吉祥寺の土地勘がおおよそあるので主観ではあるが、商業地域の境界に位置している。

次は吉祥寺から2駅都心から離れた武蔵境で、クリーニング屋の分布を見たのが下記の地図。吉祥寺よりもクリーニング屋が駅に近いのがわかる。(スケールが吉祥寺と合わない場合は調整してみてください。成蹊大を基準とすると分かりやすい。)


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新宿

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グーグルマップで駅名を入れて、その後に「クリーニング」というキーワードで検索したのが上記の地図たちだ。街の大きさを事前に手軽に知る目安となるかもしれない。

デイリーポータルZの「範囲図の境界を攻める」という記事では自転車放置禁止区域を調べていた。他にも路上禁煙ステッカーの境界とか色々あるはず。
http://portal.nifty.com/2008/12/16/c/

とにかく見えない街の境界をあぶり出すのは、都市を見極めるのと同時に、それ自体が都市を「鑑賞」するような楽しみがある。コンサルやマーケッターの人にはもっと街を見るプチテクニックを教えてほしい。

■ 建築とMTBの幸福な関係

この20年ほどで街中でも目にする事の多くなったマウンテンバイク。
街で乗っているのを見ると単にタイヤの太い自転車に見えるかもしれないが、本来の使い方はオフロードの山を走るもの。ダウンヒル競技では100km/hを超すようなレースも少なくない激しいスポーツである。

では、山の走り方を街でやってみたらというのが上の映像。Red Bull Ride the Skyというレースをヘッドカムで撮影したものだ。ストリートスポーツで建物の公開空地などというシチュエーションは珍しくはないけれど、建築の内部は珍しい。

スーツを着てそうなビジネスマンが書類を持ってふらっと出てきそうな廊下。単調な日常を照らす蛍光灯のインテリアが、ひとつながりの線になっていく。無難な壁紙のコーナーはより角度を鋭くし次々と迫ってくる。速度とアドレナリンをともなって空間が圧縮され、その建物本来のシークエンスがコントラストを増している。

Red Bullの公式サイトによるとミネソタ州のセントポール駅周辺の8個のビルを使ったコースだそうだ。Skyway Systemと呼ばれるビルとビルをつなぐ空中廊下の多い街区である。

VIA mtrblog

Red Bull Ride the Sky

scott haraldsonによる写真

St Paul Skyway Systemの地図

■ 監視カメラに関するいくつかのプロジェクト

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我々の生活の中で「監視カメラ」の存在は意識しないインフラの一つとして当たり前のものとなっている。そんなインフラに批評的ないくつかのプロジェクトを紹介する。

「貧乏バンド、監視カメラでPV制作」
The Get Out ClauseというバンドがPVを撮るお金がないために、街中の監視カメラの前で演奏し、プライバシー等を逆手に当局からその映像を入手。つなぎ合わせてPVを作ったというもの。


「監視カメラに自分の顔を映らせないヘッドバンド」
影山民夫の小説で暗視ゴーグルをつけた特殊部隊に、素人がカメラのフラッシュで対抗するという一説があったが、同じような仕組みで赤外線LEDを頭に巻き付けて、カメラが逆光状態となることで、自分の顔を判別できなくするというアートプロジェクト。

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「isee」
マンハッタンにある監視カメラのデータベース。マップとして俯瞰すると、監視される側の恐れというよりも、管理するものの事件に対する恐怖が視覚化されているかのようだ。

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http://www.barks.jp/news/?id=1000039910
http://wiredvision.jp/news/200802/2008022521.html
http://www.appliedautonomy.com/isee.html

■ 寺とコンビニの数

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全国のコンビニエンスストアの数 < 全国のお寺の数
コンビニは4万軒、お寺は8万軒なのだそうだ。

最近、見かけなくなった月極駐車場という看板。
いわゆる月家賃で駐車場を貸すものだが、「月極(つきぎめ)」の読み方を知らずに月極さんという人が経営しているチェーン店だと勘違いしていたという有名な笑い話がある。「月極」という読みにくい単語が、呪文のようにアイコン化されたことでまるでロゴマークのように認識されていったことが勘違いの始まりだったのだろう。古くからあって、バラバラなシステムもひとたびアイコンを纏うことで「まとまる」良い例のように思える。

冒頭のコンビニとお寺の数は以外であった。その数が飽和化していると言われるコンビニは日本を覆い尽くすようかと思いきや、大昔からある寺の数に負けているのである。立地の差はあれど寺よりもコンビニが日常生活の風景に染み付くのはやはりあの蛍光灯とカラフルなサイン看板のおかげなのだろう。そもすると、商店街のような古いシステムを脅かす存在として、コンビニや大型スーパーは語られがちである。しかし潜在的な数をアイコン化、視覚化できていないだけなのかもしれない。

写真はMATT SIBERによる"FLOATING LOGOS"というプロジェクト。アメリカの国道沿いの風景をより強調した表現により、なぜか普段ドライブした後に感じ取った風景に近づいている気がする。
http://www.siberart.com/

追記:
こちらにより詳細なデータがありました。
Kameno's Digital Photo Log
>文化庁・宗教年鑑によると実に7万7千を超える寺院があるのです。

コンビニエンスストアの店舗数一覧 -Wikipedia

■ ビルでテトリス

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クリスマスの時期になると、都心の高層ビルで部屋の明かりをコントロールしてクリスマスツリーのビット画を描くのが流行った。日本ではイルミネーションに押されてか、はたまた忙しい年末に照明の管理が面倒くさいのか、いつのまにか廃れてしまった。

海外では進化してビット画がさらに動画となっているようだ。

http://www.mikontalolights.fi/

■ 全ては倉庫になる

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あるデザインディレクターの話、ショップとストアの違いは

ショップは
つくったところで売る場所。
例えば、豆腐屋さんとか鍛冶屋さんとか。

ストアは、
倉庫。
蓄積して、整理して置く場所。
スーパーとかコンビニ。

なのだそうだ。

近所の骨董屋がネット販売を始めたとたんに、渋い作りの店が倉庫のようになって行った。
IKEAやAmazonを見ると店舗の究極の姿は倉庫だということがわかる。

では住居はどうだろう。
なにを持って住処とするか、人によってそれぞれであるが、
住宅が機能であれば、
お風呂やキッチンは銭湯やレストランで外部化できるかもしれない。
寝室もホテルからまんが喫茶まである。かもしれない。
コンテナ倉庫があるので、、

住居の究極の姿はなんなのだろう。
「つくったところで売る」のようなライブ感なのだろうか。

■ 税務署は空から監視している?

イメージ写真

世の中にはいろいろなバイトがあるが、航空写真を延々とチェックするバイトがあるらしい。

前年の航空写真と今年の航空写真、これを見比べて屋根の素材、増築された小屋などをチェックし、見つけた場合は変化した場所をクリックして囲む。もちろんPCを使った専用のインターフェースで、かつそのクリック数に応じて報酬が上がるのだそうだ。

なんのためにやっているのかというと、固定資産税を申請していない家を見つけるための調査なのである。てっきり街を歩きながらかと思いきや、よく考えれば非常に効率的なやり方があるのだ。

知人から聞いたこのバイトの話、時給とその歩合までは聞くのを忘れてしまった。

*写真はイメージです。

[追記]
日経BPのケンプラッツで上記ソフトのオートマチック版(?)の記事が掲載されていました。
イエイリ建設ITラボ 違法建築もたちまち発見?航空写真で固定資産の“異動”を自動検知

■ Graffiti as Urban Voids

リスボンの空港に降り立ち、ホテルまでタクシーを走らせる。初めて降り立ったリスボンの車窓に映る郊外は、意外と廃墟が多い。

もちろん伝統的な町並みやアルヴァロ・シザに代表されるようなモダニズムの建築家を誇る国ということを忘れてはいけないが、建築トリエンナーレに参加するために訪れた、リスボンの第一印象は廃墟とグラフィティであった。

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今年が第一回目であるリスボン建築トリエンナーレのテーマは「URBAN VOIDS」
それとリンクするように展覧会のポスターには瓦礫とグラフィティが被写体となっている。EUのなかでは経済発展が遅れていたポルトガルとしてはやや自虐的なテーマとしてもとらえることができる。

バイロ・アルト地区にほど近い街区は膨大なグラフィティで埋め尽くされていた。装飾タイルでファサードを埋め尽くすポルトガルの特徴的な建築があるように、壁面を埋め尽くすことはポルトガルの文化なのかと思ってしまうほどである*。上のスライドショーの写真も多くがこの地区で撮影されたものだ。後で聞けば夜間は治安の悪い地区のようである。「割れ窓理論」のようなグラフィティと治安を結びつける論理は個人的には疑わしいものだが、EUで展開する百貨店などの資本が入り込まず、インディペンデントなショップが点在するこの地区では、まるでグラフィティがURBAN VOIDをあぶり出すセンサーのように働いているのである。

メキシコ セクションの展示ではリスボンのグラフィティをテーマにした作品もあった。


リスボン建築トリエンナーレの詳細は以下(建築展全体のレポートです)
リスボン建築トリエンナーレ
TN Probeのレポート
10+1でのレポート
ギャラリー間:シザへのインタビュー


*グラフィティを撮影していると通りがかりのおばさんが、「落書きでしょ!困ったもんだよ」(ポルトガル語がわからないので推測。。)というようなことを言っていた。なので市民がグラフィティに積極的という意味ではない。

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